凱風舎
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六月

 

 昨日はもう忘れた
 残っているのは都合のいい解釈だけ

 

 ― 谷川俊太郎 「メランコリーの川下り」 ―

 

 窓を開けると薄灰色の空が広がっている。
 寒くもないし暑くもない、今年の6月の始まり。
 それでも曇った空がうすぼんやりと街をおおっている。
 暑くもなく、寒くもなく。
 何事もないかのような2012年6月の日本。
 新聞には大飯原発の再稼働が既定のことように書かれている。
 

 政治のことはもう書かないでおこうと思っていた。
 それなのに昨日はまたそれをやってしまった。
 結局全文を《ゴミ箱》に捨ててしまう破目になるつまらない精神の空費だった。
 自分の荒くなる言葉に自分の心が粗くなっていくのがわかった。
 後味ばかり、きもちわるい。
 彼らの虚しい言葉のやり取りに憤ることの空しさは知っていたはずなのに。
 ニュースなんか見ない方がいいのだ。

 美しいものが見えなくなっている。
 そうなっている自分がいる。
 私には物言わぬものたちに向き合う時間が少なすぎるのだ。