「先輩という名の《熱風》」 邑井雅和さん
私は高校3年生の折に、先輩から「一生分の熱風」を浴びました。その当時、私はあるクラスメートに恋心を抱いておりました。毎朝彼女の家のそばに張り込んで、さも偶然出くわしたように挨拶をし、校舎までのわずかな距離を同道できる幸せに、有頂天になっておりました。毎日続く偶然。それでも私の本心を、まったく彼女は気付いていないと確信していたのは、まさに逆上していたとしか思えません。極めつけは、模造紙まるまる1枚に書いたラブレター。2通したためました。そんな私の行動を、先輩は古今東西の恋愛小説、詩、金言名句を引用し、たしなめてくれたものです。
ひとつ傘にふたり歩むに肩先のきみに触るるもこだわりてゐき
なんて短歌もその時教えてもらいました。私は、先輩が恋の達人、愛の巨匠だと信じて疑いませんでした。それからというもの、恋愛の手練手管を教授してもらうべく先輩の部屋に日参しました。「おまえな、恋愛の結晶作用って知っとるか。好きやってことをあまり早い段階で告白すると、恋愛は成就せんのや」「ハハーッ。恐れ入りました。私のレンアイは既に破綻しておるのですね」というやり取りの毎日でした。私の先輩に対する崇拝は加速度的に増大して行くばかりです。そんなある日のこと先輩は「おまえの彼女の顔見たぞ。なんやハカタニワカみたいな顔やったな」と言うのです。ハカタニワカの何たるかを知らなかった私は、ハカタニワカってどんなに可憐で見目麗しい者だろうと、うっとり想像しました。後日その実態を知った時、さしもの熱風は寒風に姿を変えたのです。それ以来、私は先輩とか先達とかの言うことは、話半分しか信用しないことにして生きております。ただ、塾の先生になったその先輩が、今も恋愛指南をしているとしたら、こののち私のような捻じ曲がった恋愛観を持つ者が多数輩出するのではないかと恐れるのであります。
とっても楽しいおたよりありがとうございます!
そのひどい先輩、どこのどなたでしょうねぇ…?!
それにしても、ハカタニワカみたいな顔って!!!
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