凱風舎
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ラジオ

 

   聞こえてる
   聞こえてる
   聞こえてる
   聞こえてる
   聞こえてる
ふりをしただけ

 

 ― サカナクション 「Word」 ―

 

 ・・・・・・
 耳元でぼそぼそしゃべる男の声がする。

 ああ、ラジオか。
 そうだ、今日も昼間から酒を飲み、テレビで巨人=阪神戦を観て、大相撲を観て、それからラジオをつけて横になったんだ。
 たしか吉松隆がしゃべってモーツアルトがかかっていたはずなんだが・・・。
 何時だろう、部屋が暗くてわからない。

 相変わらず男はぼそぼそしゃべっている。
 どうやら歌を歌っている奴みたいだ。
 自分の子供の頃の話をしている。
 その頃の自分と周囲の人間たちの立ち位置を客観的に語っている。
 ぼそぼそしゃべるくせになんだかおもしろい。
 10分に一回くらい曲がかかる。
 で、尾崎豊「15の夜」。

 「《盗んだバイクで走りだす》なんてとんでもない歌詞を聞いて今の十代はどう思うんだろう。これがその頃の十代に或るリアリティをもって受け取られたみたいに、今の十代に受け取られるとは思わないし、その時代にはその時代の十代が共鳴する響きがあって、ぼくはもう十代じゃないから、今の時代のそれは書けない」

 なるほど。
 こいつ、賢い奴なんだな。
 なんという名前なんだろう。
 サンクション?
 サカナクション?
 よくわからないなあ。
 とりあえず電気をつけよう。

 9時半かぁ。
 コーヒーでも淹れようか。

 相変わらず男はしゃべっている。
 話は高校時代まで来た。
 おもしろい。
 Interesting.
 若いというのは誰にとってもたいへんなんだけれど、でもすごいなあ。
 どこに向かっているのか自分でもわからない混沌とした中から、それでも何かが形になっていくんだ。

 おや、10時を回ったぞ。
 いつまでしゃべるんだろう。
 まあ、今日は阪神は負けたし、スポーツニュースは見なくていいか。
 このままラジオをつけておこう。

 いろいろ話して、やっと、こいつらのバンドがデビューするところまでくる。
 〈サカナクション〉。
 そういう名前らしい。
 これが人気のあるバンドなのかどうかも私は知らないのだが。

 曲がかかる。
 同じ歌詞を何度も何度も繰り返すんだが、でもわるくないぞ。
 というか、なかなかいい。
 曲にはとてもじゃないが私はついていけないが、でも、言いたいことがあるんだな。
 言いたいことが奥にあって、でもそれは言葉では言えないものだと心から思ってる奴なんだな。
 それがわかる。

 と、いうわけでそれを今日の引用にしたんだけど、歌詞もほんとうにこうなのか、題名がほんとうは「Word」なのか「ワード」なのかよくは知らない。
 この曲の入ったCDは1,800枚売れただけだそうだ。
 すごいなあ!
 本より売れない。
 ひょっとしたら音楽は文学よりマイナーなものなのだな。
 すごいなあ。

   何度でも
   何度でも話すんだ
   ぼくらしく
   ウソでもいいウソ でもいい話を

 というわけで結局11時まで二時間近くこのさえないしゃべりの男の話を聞いて過ごした。
 おもしろかった。
 最後でわかったが、しゃべっていた男の名前は、山口一郎、というらしい。
 ひょっとしたら、ある世代にはものすごく有名な奴なのかもしれないが、むろん知らなかった。
 どうも大石君の世代であるらしいが、よくはわからない。
 けれど、これはなかなかのものだなあ。
 おもしろかった。