凱風舎
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熊ん蜂

 

 

     信号

 

  小舎(こや)の水車、藪かげに一抹の椿
  新しい轍(わだち)に蝶が下りる それは向きをかへながら
  静かな翼の抑揚に 私の歩みを押しとどめる
  「踏切りよ ここは・・・・」 私は立ち止まる

 

  ― 三好達治 『南窗集』―

 

 

  

 今年はじめての熊ん蜂に会った。
 午前中散歩をしていて、単線しかない私鉄が谷間のように下を通る小さな陸橋の上にさしかかった私の目の前にそいつはやってきたのだ。
 いったい私はハチの中でこのずんぐりした太った奴が一等好きだ。
 人を刺したりなんて悪さはしないし、日の光に酔い藤の花房なんぞに夢中になって顔を突っ込んでいるのを見るとそれだけでニコニコしてくる。
 というわけで、私がうれしくなって立ち止まると、そいつは私の目の前20センチぐらいのところでホバリングをしはじめた。
 ブンブンブブーン。
 すごいものだ、ずっと翅は動かしているのに、体はちっとも動かない。
 黒・黄・黒と三つに染め分けられた体をまるで自慢するみたいに私の目の前20センチくらいのところに横向けにしてずっと浮いてみせている。
 えらいなあ。
 ちっとも動かないからその黒くつややかな頭部からちょこんと出ている小さな触角まで見える。
 私、おもわず笑ってしまった。
 「おまえ、その触角、かわいすぎるぞ!」

 三好達治が
 「踏切りよ ここは・・・・」
と言われたのは蝶だったけれど、今日の私の「踏切り」は熊ん蜂だったな。
 こんなくっきりした黄色と黒だから、こっちの方がまったく「踏切り」と言うにふさわしいかもしれないぞ。
 ブンブンと警笛まで鳴る。

 歩きだそうと、ふと、地面を見ると、私の影の横になんと飛んでいるその蜂の影までもくっきり映っている。
 ほんとに今日はいいお天気だ。