アンケート
ぼくは拒絶された思想となって
この澄んだ空をかき撩さう
― 吉本隆明 「その秋のために」 ―
吉本隆明という名前を聞いたのは大学に入ってからだった。
それまで、そんな名を聞いたこともなかった。
周りのみんなが読んでいるらしいので読んでみたが、まるでわからなかった。
そもそも私には彼が問題にしていることがなぜ問題なのかがわからなかったのだ。
私はいくつかの彼の詩句を覚えただけだった。
その中に今日引用した詩句もあった。
あれは71年だったか2年だったか、《現代詩手帖》だったか《ユリイカ》だったかが当時の詩人や評論家たちにアンケートをまわして、日本の明治以降の詩でよいと思われるものをあげさせるという特集を組んだことがあった。
吉本隆明も回答を寄せていて、皆がそれぞれ3篇あるいは5篇ほどの詩を挙げている中、彼はこう書いていた。
中原中也の詩全部。
立原道造の詩全部。
びっくりした。
それはむしろ、心地よい衝撃、と呼ぶべきものだった。
「全部」にももちろん驚いたし、中也はともかく、立原道造にも本当に驚いた。
普通の大人はこんなことは言わないと思っていた。
(だって、「立原道造が全部好き」なんて、恥ずかしいもの!)
そうか、言ってもいいのだったんだ、とはじめてわかった。
自分がそう思うなら、言っていけないことなんてないのだ。
私にとっての吉本隆明とは、あのアンケートにこの二行で答えた人、だ。
今日訃報を耳にしてまず思い出したのもそのことだった。
たぶん、人が人混みの中で自分の二本の足で立つと、こんな二行になるのだ。
そんな二行に思えた。