凱風舎
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灯油

 

  三月の赤い夕暮れ。死の報せ。
  あらたな始まり―――
  終わったのは、何か?

   

    ― ダグ・ハマーショルド 『道しるべ』 (鵜飼信成 訳) ―

 

 

 ストーブのタンクの中に入っていた灯油がなくなって、ポリタンクから灯油を入れた。
 9ヶ月以上外でほこりをかぶっていたポリタンクを家の中に運びながら、
   ああ、この灯油はあの日買った灯油だ
と思った。
 「あの日」とは3月11日のことだ。

 あの地震が起きたとき、わたしはガソリンスタンドで灯油をちょうどポリタンクに入れ終わったところだった。
 わたしがふたを閉めようとしていると、車で待っていた俊ちゃんが車から降りてきて
 「じいさん、やばいよ、地震だよ、地震!」
と言って上を指さしながら道路の方へ小走りにいくので、見上げると、ガソリンスタンドの天井がグラグラとうねって看板が揺れていた。
 それなのに、わたしは
 「このふたを閉めなければ灯油がこぼれてしまう」
と思って、目は揺れる天井を見ながらあわててふたを閉めてから、ポリタンクを持って屋根の下から出たのだ。
 (まったく、人にとっての優先順位というものは実にくだらないことで決まるものだ。)
 道路に出たとき、うねっていたのは屋根だけではなかったことがわかった。
 わたしたちが立っている地面そのものが大きくうねっていた。
 今まで経験したこともない大きな揺れはいつまでも続いた。
 地面の下で何か大きなものが怒っているように思えた。
 とめどもない怒りに身を震わせている魔人がいるようだった。
 人びとは誰も動かなかった。
 上半身は動くのに、皆、足の裏が地面に張り付いたようにその場から動かないのだ。
 みな怯えた顔を見合わせながら、大縄跳びの縄のように揺れる電線を見上げていた。
 歩いている者など誰もいなかった。
 車道の上の車も皆止まっていた。
 明るく晴れた春の午後だった。
 まだ特撮もなかった子どもの頃のテレビで
  「時間よぉ、止まれ!」
と叫ぶ少年の声に、出演者がぎこちなく止まって見せた「ふしぎな少年」というドラマがあったが、まるでみんながそのドラマの出演者になったみたいだった。
 奇妙な白昼夢の中にいるようだった。 
 だが、まだ、あのときは津波の被害は知らなかった。
 というより、あの時点では津波はまだ東北をのみこんではいなかった・・・。

 それから9ヶ月たった。
 節電で暗かった首都圏はもう暗くはない。
 実際明るくなったのか、それともただ慣れただけのか。
 そうかもしれない。
 慣れたと言えば、政治が何もしないことにも慣れてしまった。
 けれども、2011年3月11日がわたしたちに告げ知らせたものについて、わたしたちは考えることを続けなければならないのだと思う。
 それは皆が声を合わせて「絆」だ、などと唱えることではないはずだ。

 鉄は熱いうちに打て!という。
 だが、もし鉄が冷えてしまったら、またそれを火に入れればいいのだ。
 そうやって熱くして、また叩けばいいのだ。
 鉄を鍛える者は皆、昔からそうやっている。
 名人とは熱い鉄をいちどきに刀にしようとしてあわてて叩く者のことではない。
 かたわらに火を絶やさぬことを知っている人のことだ。
 そうして必要な時にその火にふいごで風を送る術を知っている人のことだ。
 そうすれば、鉄をまた赤くすることができる。
 そうすれば、また鉄は打てる。

 わたしは、あの日ポリタンクに詰めた《3月11日の灯油》を絶やさずにいたいと思う。
 すくなくともわたしはあの日の〈灯油〉がこぼれないようにふたを閉めたのだから。