凱風舎
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木乃伊の作り方

 

 

 しかし、本当のオシリスはこの地上からは最も遠い所に在ります。清浄にして汚されず、一切の腐敗と死を受け入れるものを去っております。

 

   ― プルタルコス 『エジプト神イシスとオシリスの伝説について』(柳沢重剛 訳)―

 

 私、食べ物に好き嫌いはありません。
 出されればなんでも食べます。
 でもまあ、苦手はあります。
 できれば食べとうないものもある。
 すくなくとも、お金を出してまでは食べたくはない、ものはあります。
 その中の一つが、果物、です。
 食べません。
 柿は食べます。
 たくさん食べます。
 けど、そのほかは、リンゴも、ナシも、イチゴも、ミカンも、別に要りません。
 もらえば食べますが、食べるために買ったことがありません。
 買っても、それは飾って眺めるためで、食べるためではありません。
 グレープフルーツだけは二日酔いがひどい時に買います。
 でも、好きじゃありません。

 果物は眺めるのが好きです。
 林檎なぞ、実によろしい。
 葡萄も美しい。
 唯一私が食べるために買う柿にしても、すぐには食べず、まず籠に入れ、机に置いて眺めます。
 日に日に柿色が濃くなっていくのがうれしい。
 それから食べます。

 こないだカズサちゃんが部屋の掃除をしてくれた時、机の後ろからいろんなものが発掘されました。
 そのほとんどはヤギコが寝そべって向う側に落としてしまったものです。 
 それに気付かずにいたものがたくさん《堆積》しておりました。
 それを引っ張り出していたカズサちゃんが不思議そうな顔をして
  「せんせ。これなあに?」
と私に見せたのが、「おたよりコーナー」に山田さんが載せてくれた写真にあったあのしろものです。
 真っ黒で、しわしわです。
 乾いていてすこぶる軽い。
 底はツヤツヤとしていて、まったいらです。
 私にもまったく、見覚えはありません。
 けれど、まん中にちょこんと芯が出ているところから見るとどうやら、昔はリンゴであったらしい。
 「リンゴ・・・かなぁ」
 私がそう言うとカズサちゃんは
 「ああ。そういえば去年机の上にせんせリンゴ飾ってたもんねえ。
  でも、あれが、これ?
  えーッ!!」
と、あらためてびっくりしています。
 私だってびっくりしましたが、たしかにリンゴであったらしいことは、芯が告げています。
 おそろしいことになるものです。
 ずいぶん昔、日々しなびていくリンゴを写真に撮っておもしろがっていたことがあったのですが、こんなにまでなるまではとっては置きませんでした。
 じゅくじゅくと中から汁が沁み出てきて机が濡れてきたので捨てたのです。
 今回はそうなる前に机から落下させられ、そうなった後も机の後ろで着々と進化を遂げたらしい。
 そして、ミイラです。
 まあ、生物の変化の完成形、ですな。
 もはや《一切の腐敗と、死を受け入れるものを去っております》なあ。 

 これが出てきたときは、われながら、すごい部屋だと思いました。
 ミイラを保存しておくなぞ、まるでピラミッドみたいなもんですな。
 あるいは中尊寺金色堂です。
 まさか、「世界遺産」にはなりませんが、もちろん、この木乃伊、今は机の上にちゃんと展示されております。