凱風舎
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煮え切らない人

 

   かゝるをりしも剛直の、
   さあれゆかしきあきらめよ
   腕拱(く)みながら歩み去る。

 

  ― 中原中也 「夕照」 ―

 

 「あ、私だけど」
 「あ、はい」
 「考えたんだけど、ヒロシ、あんた免許取る気ない?」
 「え、わしが!」
 「そう。車買おうかと思うんだけど。
  だって、お墓に行くのに、タクシーで行っても、なんとなく待たせてると思うと落ち着かないし、もしあんたが免許取れば、誰にも気を使わなくていいでしょ」
 「まあ、それはそうですが・・・」
 「車も教習所のお金も、私出すから」
 「いや、問題はそんなところにあるんじゃなくて」
 「イヤなん?」
 「イヤ、というか、わし、絶対事故起こすと思うもん」
 「なんでや?」
 「なんでって、まあ、そんな気がするだけなんだけど、自信ないなあ」
 「自信ないって、何が」
 「なにが、と言われてもまあ、長年の自分を見ててそう思うだけなんだけど」
 「何、それ」
 「うーん、人をはねそう」
 「なんで」
 「なんで、って、まあ。・・・・それに、わし酒飲みやし」
 「あー。それならキーは私がいつも持ってることにする。で、お墓行く時だけあんたに渡すわ。それでいいでしょ」
 「うーん」
 「うーん、って、取る気ないてこと」
 「うーん、まあ」
 「ほんとにヒロシって昔から全然前向きなところがない子やわあ」 
 「すいません」
 「ほんとに、いつもそうなんやからあ」
 「うーん」
 「あ、そ。じゃあ切るからねッ」

 あー、びっくりしたあ。
 冷や汗が出ました。
 でもまあ私と姉の会話はいつもこんな調子なんです。
 とはいえ姉がイライラするのがわかりますね。
 たしかに姉が言うところの「生活に対する前向きさ」がカケラもない弟ですもの。
 いつもあさっての方を向いてる。
 でも、私が免許を取っていいことなんて絶対にない、と皆さんもお思いになるはずだと思うんですが、そのことをうまく姉には説明できないですな、私。
 ほかの人になら理路整然、何だって言えるのに。
 何なんですかねえ。

 先日、新聞にマムシに食らいつくタガメの写真が載っていて(タガメはマムシの体液を吸うらしい!)、思わず切り抜いてしまったんですが、マムシがタガメにやられるなら、兼六園のガイドさんが言うようにヘビはやっぱりナメクジにだって溶かされてしまうのかもしれないと思いました。
 要は勝てない人には勝てないんです。