凱風舎
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盆踊り

 

   He is not what he used to be.

                 彼は昔の彼ならず。

 

    ― 山崎貞 『新々英文解釈研究』 ―

 

 

 まだ日が明るいうちから、団地の方から風に乗って盆踊りの歌が途切れ途切れに聞えてくる。
 そういえば、昨日子供たちがえらくたのしそうに今日のことを話していた。
 焼きトウモロコシやリンゴ飴の屋台がいい匂いを立て、金魚すくいの夜店も出ているのだろう。

 毎年この季節になるとあの「ハ―メルンの笛吹き男」の話なんてちっとも不思議でもなんでもない話なのだなあと思ってしまう。
 いま聞えているあんなたわいない曲が繰り返しかかるだけで、もう子供たちは家にじっとしてはいられなくなるのだもの。
 あれらの曲は子供たちにとって、自分たちにいつもは禁じられている夜の外出が今夜は許されているというしるしなのだ。
 特別なお小遣いをもらい縁日に出かけるそんな日はふだんの日常をしばっているこの世の縄目がほどける日なのだ。
 中学生にとってひそかに好きな子にいつもとちがう時間に会える可能性があるというだけでもこれは大切な日だ。
  
 ところが、高校生になると誰もそんなところには行かなくなる。
 行きたいとも思わなくなる。
 それでも何かの拍子に高校一年になってからふと出かけてみたりする奴がいても、すぐに、そこがもう自分のいる場所ではないことを感じてしまうのだ。
 そこは「お子ちゃまの場所」なのだとはっきり悟るのだ。
 ふしぎなことだが、皆そうやって地元の夜店を卒業する。
 自分がもはや昨日の自分ではないことに気づく、そんな盆踊りの夜。