凱風舎
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重心

 

   あたらしい世界をたずね
   遠くへ行く人
   お別れの言葉はいらない
   夜明けの道はまっすぐで長いが
   立ち止まってはならない

 

     ― 鮎川信夫 「別離の歌」 ―

  

 

 何年か前、中学生向けの午前中の教育テレビをなんとなく見ていたら、体じゅうに電球(?)みたいなものを付けた人を歩かせて、歩くとはどういうことかをわかりやすく説明していた。
 それによると、歩く、というのはじっと立っているときのバランスを崩すことから始まるらしい。

 歩き出そうとするとき、誰でも人はじっとしているとき体の中心線上にある重心をあえてずらすのだ。
 すると、ずれた重心を再び体の中心線に入れるべく片方の足が前に出る。
 重心が再び中心線に入った途端にまた重心の位置をずらす。
 するともう片方の足が出る。
 それを繰り返すことによって人は歩くのだという。

 なるほどそうか!
 私はいたく感動した。

 人は木ではないのだ。
 自分の中心線を動かせるのだ。
 行動できる人、というのはきっと自分のバランスの崩し方の上手な人なのだ。
 自分の重心をひょいと動かせる。
 動かすことによって歩き出す。
 歩くその一歩一歩にその人の中心線ができる。

 私たちは、今在る場所にしか自分の重心はないのだと思いがちだ。
 けれど、人はどこにいても自分の真下に中心線があるのだ。
 そのことがわかっている人だけが楽々と歩き出すのだ。

 今日、恵理さんから、はがきが届いた。
 はがきには、クレーにだって負けない快君とさくらちゃんの絵。
 そして、もうまもなく一家をあげてニュージーランドに移住するのだと書いてあった。
 
 みんな元気で行っていらっしゃい。
 あなたが歩いているところが、いつだってあなたにとって一番いい場所だったし、そしてこれからだってきっとそうなんだもの。