死の家
その後わたしは、自由の剥奪と強制労働のほかに、監獄の生活にはもう一つの苦しみがあることを知った。その苦しみは、他のあらゆる苦しみに比べて、いちばん強烈かもしれない。それは、強制された共同生活である。
― ドストエフスキー 『死の家の記録』 (工藤精一郎 訳) ―
震災からもう2カ月以上が過ぎている。
それなのに、まだ体育館で寝泊まりしている人たちがいる。
つらいだろうと思う。
すでに500人を超える被災者たちが震災の後で亡くなっていると聞く。
これではドストエフスキーが《死の家》と呼んだ帝政ロシアのシベリアの収容所よりもひどいではないか。
被災者が東電の幹部に向かって
「ここであなたたち一週間でも暮らしてみなさいよっ!」
と詰め寄るのは、彼らを罰したいからではない。
逃れたいからなのだ。
皆、早くこの《強制された共同生活》から抜け出たいのだ。
新聞には毎日、被災者の声が載っている。
読めば暗澹たる思いがする。
今日もこんな言葉があった。
浪江町 高校1年 菅野紫帆さん(15)
避難所生活が長くなり、母が頭痛で寝込んでしまった。
避難所にいる赤ちゃんが具合が悪くなって夜泣きしたとき
「うるさい」
という人もいて、みんな精神的にきついのかなと思う。
誰も好きでここに要るわけではないので、お互い思いやりを持って暮らしていければいいな。
いつ家に帰れるのかとか先行きが見えなくて不安なことがたくさんあるけど、祖父と母、妹を支えていきたい。
若者の言葉はどれもけなげだ。
けれど、かなしい。
早く、本当に早く、最低限みんなが一人一人の個人としての暮らしができるようにならないのだろうか。
健康で文化的な最低限度の生活
これがわたしたちの憲法が保障する人権の基本ではなかったのか。
政治は何をやっているのだろう。