裏木戸
足おと
岸田衿子
なぜ たちどまったのですか
あの森の入り口で
ポストの裏側から
垣根のあいだから
線路の向うの空き地から
道はつづいているのに
なぜ まっすぐ歩いて
行かなかったのですか
もうひとつの足おとが
森の中をふんでいくのを
ききながら
なぜおもいだしたのですか
裏木戸をしめてこなかったこと
一枚の葉書を出しわすれたこと
ひきだしの奥の編み針や
編みかけの毛糸を
悔い、というよりはかすかな、とほいむかしの憧れへのあはいいたみ。
やさしいひとはいつも森の入り口でたちどまってしまうらしい。
しめてこなかった裏木戸のことなんかをおもいだして。
今日、本を詰めた箱の中から4月に亡くなった岸田衿子さんの詩集が出てきた。
きっと、森へとつづく裏木戸のある家に住んでいる人だったのだね。