凱風舎
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             世の中は常にもがもな 
                                 渚こぐあまの小舟の綱手かなしも

              ー 『小倉百人一首』  鎌倉右大臣 ー

 

 今日は大石君の誕生日。
 めでたし、三〇歳になったらしい。
 たぶん、本人は感慨深いものがあろうと思う。
 土屋文明に 
  十といふところに段のある如き錯覚持ちて九十一となる
という歌があるが、まだ六十に届かぬ私の感じから言えば三十,四十、五十という区切りはむしろ階段の踊り場のような感じではなかろうか。振り返れば自分が歩いてきた年月が見え、目を転ずれば何あるとわからぬながらこれから踏むべき日々が目の前にある・・・。

 ところで《世》という漢字は、もともと《十》という字を三つ並べて「三十年」を表す字である。
 というわけで、今日は大石君の三十歳の誕生日ににちなんで引用の歌。 

  世の中はいつも変わらずにあってほしいなあ。
  大きな海を前にして、渚を漕ぐ漁師の小舟を引く綱のその人間の営みのはかなさ、いとおしさ。
  その営みがどんなにちっぽけなものであろうと、それの中によろこびもかなしみもある人の世だもの。
  それを包む大きな世界は変わらずにいてほしいなあ。 
  

といったような意味になろうか。
 今、東北地方の大災害を目の前にするとき、そして、それが多く漁業を営む町であったことを思うと、あらためて
  世の中は常にもがもな
という源実朝が歌に込めた願い、本当に切実に感じてしまう。
 実朝はこの歌を歌ったとき、ほとんど政治上の実権を持たないいわば「象徴将軍」に祭り上げられていた。だが、自分では何もできないがゆえになおさら彼のこの願いは本当の思いなのだと思う。昨日の天皇陛下のお言葉聴きながら、陛下の思われていることもまたそうなのだろうと思った。

 大石君、お誕生日おめでとう。
 君の三十代をすてきな三十代になさいね。