アルゴン
私たちの呼吸する大気にはいわゆる不活性ガスが含まれている。それらは「新しいもの」「隠されたもの」「怠惰なもの」「よそもの」といった学術的な起源の奇妙なギリシア語の名前を持っている。それらはまさに、不活発すぎて、自分の状態に満足しているから、いかなる化学反応にも介入してこないし、他のいかなる元素とも結合しない。
ー プリーモ・レーヴィ 『周期律』 -
私、化学はわかりません。
今、化学「は」と書きましたが、正確には化学「も」でした。
高校時代、化学のみならず、物理も、数学も、英語のリーダーもすべてペケでした。
当時、私たちの高校の試験は、開始後30分経てば答案を提出して教室を出ていいことになっておりましたが、自慢じゃありませんが、上記の4科目、私、常にクラスの中で、いの一番に教室を後にしておりました。
だって、私、答案に出席番号と名前を書いたら、あと何も書くことないんですもん。出るしかない。
問題の意味すらわからなかった。(わかろうとしなかった。)
興味がなかったんです。
・・・と、ここまで書いてきて、
「あれえ。これ、どっかで読んだセリフだなあ。」
と、思ったら、これって、私が以前、さんざっぱらケチを付けてた、あの『ライ麦畑でつかまえて』の主人公の言葉、ほとんどそのままじゃないですか!たしか
《僕はエジプトに興味が持てそうにありません。》
うーん。つまり、高校時代のテラニシというのは、寺西のあの言葉を借りるなら、
実に《いけすかない、クソ生意気なガキ》だった
ってことですね。
まあ、実際そうだったんですね、きっと。
忘れてました。
となれば、道理で昔から私があの小説を嫌うはずです。
これは、ほとんど、近親憎悪、だったのかもしれません。
己の隠しておきたいという醜さが、ある人間の言動のはしばしに現れていることに耐えられない、という奴です。
などと、まあ、そんなことを書こうとして今日の引用をしたわけじゃなかったんでした。
書こうと思っていたのはもっと単純な話。
自分の状態に満足しているから、いかなる化学反応にも介入してこないし、他のいかなる元素とも結合しない《不活性ガス》的人間って、実は社会の安定にとってすごく大事なんじゃないの、という話をでっちあげようとしてたんです。
でも、やめました。
それって、[怠惰なもの=アルゴン]であるあんた自身のことを正当化しようとしてるだけでしょ!
って言われればその通りなので・・・。
ちなみに「新しいもの」はとネオンのことで、「隠されたもの」はクリプトン、「よそもの」とはキセノンのことだそうです。
言うまでもなく、私、ネオン以外、何物だかよくわからないのですが・・・。(たしか、子どもの頃テレビで観ていたスーパーマンはクリプトン星人だった記憶がおぼろにあるのですが、それがどうした、と言われてもわかりません。)
ところで、アルゴン君はなんと空気中の約1%を占めているんだそうです。(私らに有機物をもたらしてくれるあの二酸化炭素君はこの空気中にわずかに0.04%しかいないのに!)
仮にカミサマが大気をお造りになったとすれば、絶対この「怠け者」には、常人にはわからない深ーい存在意味があると私は思うんだがなあ。