いいふうにいく
リンドのおばさんは(中略)なにかうれしいことをたのしみに当てにしていれば、多かれ少なかれ、がっかりすることになる・・・・・・・・なにごとも思うようにはならないものだって言ってなすったわ。たぶん、そのとおりかもしれないけれど、でもそのことにも良い面はあることよ。わるいことも期待どおりにおこるわけではないんですもの。ほとんどたいてい、予想外にいいふうにいくものよ
- モンゴメリ 『アンの青春』(村岡花子訳) -
前期の試験が終わったがなかなかみんな神妙である。
「試験の前は、落ちる気なんて全然しなかったのに、終わったら受かる気が全くしなくなっちゃった!」
「ホント。あんな自信、どこから出てきてたんだろうねッ!」
女の子がそう言うと、男の子たち、笑っている。まあ、みんなそんなところらしい。
私、ニヤニヤ聞いている。
一応みんなの予想得点も聞くが、今年はこれまでと入試の制度が全く変わったから、この前期の入試で、
おまえはたぶん合格だろうな。
なんて言ってあげるだけの根拠を私は持たない。
「そんな落ちてそうなら、まあ、後期に向けて勉強するしかないわな。」
そう言うだけ。
女の子たちが、ひとしきり各受験会場でのエピソードを話し終えると、みんなまじめに自習をはじめる。
エライものだ。
この時期、妙に自信を持ってしまって心が上ずっている子より、ダメかもと思って、次の試験に目を向けてる子の方がいいに決まっている。あんまり「背水の陣」的なのも、心に余裕がなくて困るけど、みんながこれぐらいの感じがちょうどいいな。
みんなが自習だと、とりあえず、私はやることがない。時折尋ねられる質問に答えるだけ。あとは椅子に腰をおろして本を読んでる。
今日の引用も、昨日のそんなとき読んでた古い文庫本に載ってた言葉。
わるいことも期待どおりにおこるわけではないんですもの。
ほとんどたいてい、予想外にいいふうにいくものよ。
そう、だいたい世の中って、そんなものだよね。
きっと、君らの悪い予想もそうなるよ。
みんな本当にそうなるといいよね。
それにしても、60歳になんなんとするおっさんが『アンの青春』を読んで、ふふふ、でもあるまいと思われるかもしれんが、というより、なんでそんな本が本棚に!なんて思うかもしれないが、何を隠そう、私、高校時代から、『あしながおじさん』とか『赤毛のアン』とかいった女の人が書いた小説のファンだったです。
もっとも、当時は〈硬派〉で鳴らしていましたから、
ドストエフスキーも読まんで文学なんかかたるんじゃあねえよ!
などと息巻いて、このような本を愛読しておることなぞおくびにも出さず、本の方も棚の奥深く隠しておったという姑息をやっておりましたんですが・・・。
まあ、『赤毛のアン』を読んでいる高校生のテラニシなんていうのは、今、それを読んでるテラニシよりはるかに想像の外みたいに思えるよなあ。