Fの人
てふ てふ てふ てふ てふ てふ てふ てふ てふ てふ てふ てふ
ああ これはなんといふ憂鬱な幻だ
ー 萩原朔太郎 『恐ろしく憂鬱なる』 -
土曜日は私の誕生会であった。塾の卒業生たちが集まって、食事をし酒を飲むのであるが、その前にチームに分かれてボーリングをやって気勢を上げるのが例年の慣習である。(ゲーム代がかかっているので、みな真剣!)
さて、この週末のボーリング場は、そこそこ混み合っていた。待ち時間があるほどではなかったが、空いたレーンは次の客によってすぐに埋まる。そして、私たちの投げていた隣のレーンも、男女のカップルがゲームを終えると、すぐに替って若い男の二人連れがやってきたのだった。二人ともやさしげな顔で髪が長く、ひょろりとした体型をしている。一人はボーリングをするのが全く初めてらしく、相棒が親切に投げ方や何かを教えているらしい。
むろん、私たちは、そんなことを気にすることもなく、自分たち仲間の時折のストライクに歓声を上げ、早々とガーターに落ち込むボールを笑い合っていたのである。
さて、私が何回目かのボールを投げて戻ってくると、椅子に座っていた山田さんが前に倒れこんでおなかを押さえこんでいる。
「どした?」と聞くと
「と、と、となり・・・」
山田さんは、笑いをこらえるために足をバタバタさせながら必死の思いでそれだけ言うと、膝の間に顔を伏せたまま右手で隣のレーンの成績が表示されているディスプレーを指さすのである。
言われて顔を上げた私が目にしたものは
13
13
上下二段仲良く並んだ合計点数。
見ればゲームは6ゲームまで進んでいる。
たしかに、あんまり立派な点数とは言えないし、6ゲームまで進んで上下仲良く13点というのも、なかなかかわいい・・・というか、かなり笑っちゃうが、そもそも山田さんは、私と違って他人の無能や不能を嗤うような人ではない。それが死ぬほど笑っている。そして、私も笑ってしまった。
だって、あなた、一人の彼はもう一人の彼をその手を取らんばかりに指導し、彼が投げ終わった後は先輩らしくその投げ方に講評を垂れ、なおかつ自分の投げた後は、あからさまにガッツポーズまで決めていたんですよ!
うーん、謎だ。
すると
「えふ、えふ・・・」
山田さんがあえぎながらまた指をさす。
ん?
よくよく見れば、先生役の彼のゲームシートには、なぜかずらりと並ぶ F の文字。
F F F F F F F F F F F F ・ ・ ・
えふ えふ えふ えふ えふ
見よ、この朔太郎の憂鬱なる詩精神が乗り移ったかのようなゲームシートを!
そういえば、先ほどから隣のレーンではなにやら
ぶうー
というブザーが鳴っていたのであった。思えばあれは、「あなたはファールラインを越えましたよ」、「あなたは今ファールを犯しましたんですよ」という警告の音であった。【F】と云う字はそのファールのしるしなのであった。
と、思う間もなくまたしても隣からブザー音。
見れば、そんなことも知らぬ気に、かのF氏は相方に向けて満面の笑みを浮かべつつこちらに戻ってくるではないか!
うーん、見かけによらぬ剛の者よ!
これを見た山田さんの足のバタツキがまた激しくなったことは言うまでもない。
かわいそうに、その目には、涙さえ浮かんでいるではないか。
というわけで、その後の彼女の投げるボールはいつも以上に力の抜けたへなへな球になってしまったのであった。
というか、実は私らみんながそうなってしまったんだが・・・・。
それにしても、
「うーん、おそるべき《Fの人》よ!」
と私は思ったものだった。
そして、思ったのだった。
「世の中《Fの人》って、たくさんいるよなあ!」と。
私が言う《Fの人》というのは、もちろん、藤原君とか福沢さんとかいう意味ではない。
「ファールを犯す人」という意味でもない。
私が言う《Fの人》とは
「自分がファールを犯していることに気づかぬ人」
のことである。
たぶん、世の中において、ある人がファールを犯したときには、多くは今回のボーリングのようにブザーが鳴っているのである。そして、その音を本人も耳にしているのである。にもかかわらず、かのF氏はそのブザーの意味するところが何であるかがわからなかったのである。そのように、ブザーの音を聞きながら、なおかつその意味するところに気づかぬ人が、世の中には多々いるのである。今さかんに言われている環境問題とやらも、結局は鳴っているブザーの意味を本当に自分への警告として理解するかどうかということにかかっているのであろう。(などというのは、私にはお門違いだが)
とはいえ、《Fの人》、その代表が私であることは言を俟たない。まあ、その例は書かずとも、皆ご存知であろうし、それに多すぎるから書かないが、まあ、相当ひどいものだ。(ありがたいことに、私のブザー役の生徒たち(元を含む)は、気づかないでいるとかなり露骨に私に警告を発してくれる!)
ちなみに、我々の中で、あのボーリング場でブザーを鳴らしたのはただ一人私だけであり、それも懲りもせず3度も鳴らしてしまったのだった。
というわけで、結局、ボーリング代を支払う破目に陥ったのは私でございました。
とほほ。